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秩父羊山公園 芝桜の丘 

2010年4月25日

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本日の目的地は、秩父羊山公園です。朝8時に出発、約半年ぶりのツーリングです。
芦ヶ久保道の駅で小休憩をする。天気も良かったので多くのバイク乗りを見かけましたがそのほとんどが中高年であることは、相変わらずです。
若者の車離れバイク離れの影響で、国内のバイク出荷台数は、ピーク時に比べると約6分の1に過ぎないようです。羊山公園は、4月24日以降5月5日までの土・日・祝日計8日間は、渋滞対策交通規制実施のため羊山公園内には車の乗り入れはできません。周辺に臨時駐車場が設けられますのでご利用ください。との事でしたのでバイク用の駐車場にバイクを置き徒歩10分程度歩くと芝桜の丘に到着します。今年は、天候が不順の為か昨年来たときより少しまばらの印象は、ぬぐえませんでした。それなりに宣伝しているせいか10時過ぎでもかなりの人出に感じました。とりあえず公園内を一周して駐車場に戻り三峰神社を目指し出発です。


途中、二瀬ダム上を通り三峰神社に向う観光道路を登って行く道沿いにある桜がまだ咲いていました。
三峰駐車場へバイクを置き時間も12時近くなっていたので神社傍にある大島屋でそば定食を食しました。神社で参拝をしおみくじを引いたら大吉でした。確か以前来たときも大吉でした。確立が高いのかたまたまなのかどちらにしても縁起の良いことです。ここには、日本武尊の巨大な銅像があります。なんでも神社の創始者とされる日本武尊は、東征の途中甲斐の国酒折宮より雁坂峠を越えて当山に登り、遥かに国中の地理を見渡し、神威の擁護を願い、仮宮を造営してイザナギノミコト、イザナミノミコトを祀ったことに始まったそうです。秩父湖につり橋があり渡ろうと思ったら蜂の巣が橋の下にあり危険な為暫くは、通行止めとロープが張られていたがヘルメットとグローブをしてつり橋を渡ってみました。幸いなことに蜂に遭遇することなく無事にこちら側まで戻ってこられた確かにつり橋の下に大きな蜂の巣がありました。


 

 


 

つり橋を後にして栃本関跡をたずねてみることにしました。解説板に書かれていた解説は、下記になります。
江戸幕府は、関東への「入鉄砲」と関東からの「出女」を取り締まるため主要な街道に関所を設けた。
栃本関は、中仙道と甲州街道の間道である秩父往還の通行人を調べるため設けられたもので、その位置は、信州路と甲州路の分岐点になっている。
そのはじまりは、戦国時代、甲斐の武田氏が秩父に進出したときに関所を置いて中山氏を任じたと伝えるが徳川氏の関東入国以後は、天領となり。関東郡代伊奈忠次が慶長十九年(1614年)大村氏を
藩士に任じたという。以後、大村氏は幕末まで藩士の職を代々務めた。しかし、藩士一名のみでは警備が手薄であったため、寛永二十年(1643年)、秩父側の旧大滝村麻生と甲州側の三富村川浦とに加番所を敷設して警固を厳重にした。
したがってその後、栃本関を通行の者で秩父側から行くものは、まず麻生加番所で手形を示し印鑑を受けて栃本関に差し出すことに定められた。
関所役宅は、文政元年(1818年)と文政六年(1823年)の二度にわたって焼失し、現在の主屋は幕末に建てられたもので、その後二階を
建て増しするなど改造されたが、玄関や上段の間および外部の木柵などには、関所の面影を良くとどめている。



栃本関跡を後にして彩甲甲斐街道ループ橋を通り秩父浦山ダムを目指します。浦山ダムから有馬峠を通り名栗湖より飯能市を通り所沢を抜け帰路につきました。今回のツーリングは、去年10月にスクーターで転倒し鎖骨を骨折してから約半年後の初めてのツーリングでした。肩の筋肉が落ちている為自宅に着いた時には、もうへとへとでした。ろくにリハビリをしていない事を後悔しております。


今回の走行距離 240km
平均燃費 18km/L

 
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